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寄稿「J'COMで学ぶフランス語」明治学院大学名誉教授 須藤哲生様

寄稿「J'COMで学ぶフランス語」明治学院大学名誉教授 須藤哲生様

 ある大学で約半世紀のあいだフランス語・フランス文学の教師を勤めたわたしは、毎春新入生に対してつねに同じ言葉で訴えつづけた。「語学に天才なし!」と。教壇生活と完全に縁を切った今も、この信念にいささかも変わりはない。
  こんな言葉をよく耳にする。「あの人は語学の天才よ。たったの3ヶ月でフランス語をマスターしちゃったんだから。」言うまでもないことだが、これは全くの無知にもとづく迷言である。「駅はどこですか?」「これはいくらですか?」フランス語のフの字も知らない人でも、何かの事情でいきなりパリに連れてこられたら、よほどIQの低い人でない限り、この程度の会話は3ヶ月もすれば出来るようになる。それを無知そのものの人間が耳にしたら、ペラペラのフランス語と思うだけの話である。一定のレベルで、読み、書き、話すことが出来たら、ある外国語をマスターしたと言えるのだろうが、それは短期間で達成できることではないし、並大抵の努力でなしうる業でもあるまい。
  一口に外国語の学習といっても、その目的によっていろいろな方法があるだろう。ただどんな場合でも絶対に必要なのは、個人の強い意志と不断の努力である。別の表現を用いれば、言葉への深い愛と激しい好奇心が不可欠の要素だろう。どこかの国の政治家たちのように「前向きに検討するよう努力します」などという、まったく空疎な言葉をもてあそぶ人間には、外国語の習得など思いもよらないことだ。
  話は変わるが、最近日本では小学校教育から英語を導入せよ、といった論調が目立つ。外来語というと英語だと頭から信じている日本人が多いのにもびっくりする。日本人の日常生活にフランス語がかなり使われていると言っても、信じてくれない人が多い。「コンソメ」・「ポタージュ」・「マヨネーズ」……いやいや大正時代から一般民衆の使っている「コロッケ」も「オムレツ」もフランス語なんですよ、と言っても疑わしげな目でこっちを見ている。
  ここでひとつ、面白い場面を想像してみよう。英語しか知らない人をパリのどこかの朝市へ連れてゆくのだ。山と積まれたさまざまなフルーツの中に<raisin>と書かれたブドウを前にして、その人は目を丸くする。「あれ!フランスのレーズンは干しブドウではないのですか?!」
  ここには複雑な歴史的・文化的事情が横たわっている。英語には、フランス語からの借用語がゴマンとあることを知らない人が実に多いのだ。考えてみれば、イギリスには世界の市場に通用するワインなど皆無だし、またそれだけのブドウの生産量もないのは周知のこと。それなのに、ブドウは<GRAPE>として、干しブドウは<RAISIN>として、世界的に堂々と市民権を獲得しているのだ。
  中世ヨーロッパで、フランスとイギリスはいわゆる百年戦争を戦ったが、王位継承問題だけでなく、ボルドーなどのブドウ畑をめぐる権益争いも、血で血を洗う殺し合いの原因の一つだった。
  ところで、飛行機も自動車もない時代、ボルドーから船積みされたブドウ<RAISIN>がイギリスのどこかの港に着くころには、干しブドウ<RAISIN>となっている。まだすこし若いブドウの房<GRAPPE>を箱詰めにして送れば、食べごろの<GRAPE>となっていたのだ。
  旺盛な好奇心さえあれば、単語一つから、こんなにも楽しい言葉の旅を十分に楽しむことができるのである。言葉は時間と空間を越えて生きているのだ。だから、どんな国の言葉も大切にしながら、真剣に学んでいかなければ、と思う。
  繰りかえして言おう。言葉に対する深い愛と旺盛な好奇心にもとづく不断の努力。それが外国語の習得への何より大切な原動力なのである。
  J-COMの校長浜和幸さんは単なる学校経営者ではない。彼は若い日にフランスに留学して勉学に励み、フランス人女性と結婚して三児の父となったが、その間、大企業という寄るべき大樹の陰もなく、文字通り徒手空拳、独力で語学学校を開いただけに、その語学教育の中枢には青春時代からのさまざまな苦しい体験が染みこみ、それが強い力とも魅力ともなっている。「朝から晩まで集中的にやるのが最大のコツ」、「語学は短期決戦しかモノにならない」、「ことばの修得に必要なのは時間と情熱」……彼の語学教育には、いわゆる泣きが入っていて、その一つひとつが説得力をもっている。元語学教師として共感するところが非常に多い。
  フランス人教授スタッフも、心強いことに、滞日経験があって日本語や日本文化に強い関心を抱いている人が多いようだ。授業のなかで、まわらぬ舌でも一所懸命、日本に関するさまざまな話題に挑戦するように心がければ、教える者と教わる者のあいだに深い人間的なきずなが生まれ、それが一層勉学意欲を掻き立ててくれるだろう。
  浜校長は書いている。「単語を3000覚えたら、校長先生にお知らせください。メシをおごります。」と。浜さんはSAMOURAIだから二言はない人だ。受講生は、一人でも多く、一日も早く、校長にメシをおごらせ、彼にうれしい悲鳴を上げさせるように努力したらどうだろう。

明治学院大学名誉教授 須藤哲生

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